高機能自閉症について
                  大妻女子大 よこはま発達クリニック                        内山 登紀夫
<目次>  高機能自閉症の概念  国際的診断基準の問題点  高機能自閉症とアスペルガー症候群  自閉症スペクトラム概念(Wing,1996)  自閉症スペクトラムと高機能

高機能自閉症の概念
 1996年に日本自閉症協会の中央研修会で高機能自閉症がテーマとして取り上げられてから5 年経過した(内山、1996)。当時は高機能自閉症が話題になることはそれほど多くなかったが、 現在では高機能の自閉症児・者が病院やクリニックを受診することが急速に増え、自分自身が 自閉症ではないかと訴えて受診する成人も稀ではなくなってきている。  高機能自閉症を論じるときに、つきまとうのがその概念の曖昧さである。高機能自閉症の定 義やアスペルガー症候群の位置付けが専門家によって異なることも問題を複雑にしている。高 機能という時によく用いられるのがIQ70以上という基準である。多くの論文やテキストでIQ70 以上を一つの目安として高機能といっている。ただしここで注意したいのは高機能ということ が必ずしも平均よりも高い知的能力を意味しないということである。例えばIQ70代の自閉症児 は、定義上高機能自閉症と呼ばれる。しかし現実にIQ70代の自閉症児は小学校の普通学級の学 習課程をこなすことが難しいことが多いだろう。高機能と一口にいってもIQが70位の境界域か らIQが 140台の知的能力が非常に高い人まで一括して論じることになることも注意しておきた い。つまり高機能は「能力が平均より高い」という意味ではなく「明らかな知的な遅れがない」 という意味で専門家の間では使われているのである。またたとえ、IQが130から140台あるよう な人たちでも、自閉症として「軽い」ということに一直線には繋がるわけではない。「高機能」 という言葉は誤解を与えやすい。「高機能」であるから、問題が少ないとは言えないし、「高 機能」であるから特別の配慮がいらないというわけでもない。高機能自閉症も自閉症であるこ とは再確認しておきたい。  さらに問題を複雑にしているのは高機能自閉症に加えて、アスペルガー症候群、高機能自閉 症スペクトラム、高機能広汎性発達障害などと色々な呼び名があることである。援助の手段や 療育システムについて論じる時には、これらの用語は一括して同義とみなすのが実際的ではな いだろうか。

国際的診断基準の問題点
 ICD-10(世界保健機関)やDSM-W(アメリカ精神医学会)の診断基準が良く使われるが、こ の二つの診断基準は微妙に異なる表現があり、一般の人にはわかりにくい点が多いと思われる。 例えばDSM-Wでは「自閉性障害」に対応する障害がICD-10では「小児自閉症」と呼ばれる。ま た両方の診断基準で「広汎性発達障害(PDD)」と名づけられた広義の自閉的な発達障害を指す 用語が用いられている。さらにICD-10では「非定型自閉症」、DSM-Wでは「他に分類されない 広汎性発達障害、PDDNOS」という診断カテゴリーがあり、自閉症とどう違うのかが議論される。  保護者や教師と話していると、「自閉症は重篤な障害だが、アスペルガー症候群なら普通学 級でやっていける」とか「自閉症ではなく広汎性発達障害だから、努力すれば障害を克服でき る」といった意味のことを聞くことがある。このような見方は誤解であろう。  アスペルガー障害(DSM-W)、アスペルガー症候群(ICD-10)は広汎性発達障害に含まれる。 しかし国際的診断基準の定義は臨床的には使いづらい.例えばアスペルガー障害(DSM-W)であ るためには「2歳までに単語を用い、3歳までに意思伝達的な句を用いる」こと、認知の発達 などで臨床的に明らかな遅れがないことが条件になる。筆者らの臨床経験では、このような基 準を適用するとアスペルガー性障害と診断される子どもはきわめて少数になってしまい、ほと んどの子どもが「自閉性障害」あるいは「他に分類されない広汎性言発達障害」と診断される ことになる。  さらにどちらの診断基準にも「高機能自閉症」というカテゴリーはないことも確認しておき たい。

高機能自閉症とアスペルガー症候群
 アスペルガー症候群の歴史はオーストリアの医師、ハンス・アスペルガーが1944年に「小児 期の自閉的精神病質」と題した論文をドイツ語で発表したことに始まる。アスペルガーの報告 した子どもたちは「典型的な自閉症」と多くの類似点があったが、「典型的な自閉症」と比較 すると言語によるコミュニケーション能力や知的能力が高いことが特徴的だった。その後数十 年にわたりアスペルガー症候群はドイツと日本の一部の学者以外からは忘れられていたといっ てよい。しかし1981年にイギリスのウイングがアスペルガーの論文を英文誌に紹介し再評価を 行ったことを契機に国際的に注目されるようになった。  ウイングがアスペルガー症候群の概念を紹介した理由は、それまでのイギリスでの自閉症概 念があまりに狭すぎて「自閉症的」な子どもたちが必要なサポートが受けられなかったという ことにある。ウイングの意図はアスペルガー症候群も広義の自閉症に含めることで、自閉症に 特化したサービスを受ける範囲を拡大しようという点にあり、アスペルガー症候群の独立性を 強調することではなかった。  ウイングの再評価したアスペルガー症候群の概念はイギリスを中心に急速に広まっていった が、知能が比較的高い例がアスペルガー症候群と診断されることが多いこともあって、実質的 には「知的障害がない自閉症」と同義でアスペルガー症候群の用語が用いられることが増えて いった。高機能自閉症とアスペルガー症候群を厳密に区別すべきとの意見も一部にあるが、少 なくとも臨床的には高機能自閉症とアスペルガー症候群を厳密に区別する必要はない(Wing、 2000)。

自閉症スペクトラム概念(Wing,1996)
 自閉症スペクトラムとはカナーの提唱した自閉症に、アスペルガーの提唱したアスペルガー 症候群、さらにその周辺にあるどちらの定義も厳密には満たさない一群を加えた比較的広い概 念であって、社会性・コミュニケーション・想像力の3領域に障害があることで定義される。  教育、福祉、雇用、医療などの側面から「あるべき援助のタイプ」を考えるとき、自閉症か アスペルガー症候群か、あるいは高機能自閉症か、「他に分類されない広汎性発達障害」かと いうサブカテゴリー診断に拘泥するよりも、「自閉症スペクトラム」として捉え「自閉症」に 準じた援助を行うのが有用であるからだ。「スペクトラム」とは連続体という意味であって、 典型的な自閉症からアスペルガー症候群、重度の知的障害をともなう例から知的な遅れがない 例まで、連続した一続きのものとみなす。幼児期にはカナータイプの行動特徴を示しても、年 齢が長ずるとアスペルガータイプに近くなる子ども多くいるが、これはスペクトラム概念では 当然のこととみなされる。

自閉症スペクトラムと高機能
 高機能であるかないよりも、自閉症スペクトラムであるかないかの診断のほうが臨床的には 重要である。IQ70以上というのも便宜的な基準であって、IQが境界域の場合に高機能か非高機 能かを論じるのは意味がない。では高機能ケースを非高機能ケースと区別して考える有用性は どこにあるのだろう。高機能ケースの問題点は高機能であるがゆえに本来必要な社会的援助を 得られない、さらに正しい診断を受けることが困難であることの2点が大きい。社会的援助と いう視点ではIQが遅滞域でないと社会的援助が受けられないという重要な問題がある。高機能 の自閉症スペクトラム児・者は適切な診断を受けることが少なく、しばしば「正常」「しつけ の問題」などとみなされている。彼らは一見して発達の問題が目立たないため、小児科や精神 科の短時間の外来診療では正確に診断することが難しい。  今後高機能例に関しても適切な診断が下せるような専門家の養成、診療環境の整備(初診に 十分な時間がかけられるような診療報酬の設定)、学校教師の啓発、知的な障害がなくても自 閉症としての援助を得られるような福祉制度の改変が望まれる。

<参考・出典等>
Asperger, H.(1944): Die ‘autistiche psychopathen’in kindesaletr. Archiv fur psychiatrie nd nevenkrankhaiten, 117, 76-136. (小児期の自閉的精神病質、高木隆郎、 M.ラター、E.ショプラー編. 自閉症と発達障害研究の進歩、4、pp30-68.) 内山登紀夫 (1987) 高機能自閉症概論. 心を開く 25, pp2−13. Wing, L, (1981). Asperger’s syndrome: a clinical account. Psychological Medicine, 11, 115-129. (アスペルガー症候群:臨床的知見、高木隆郎、M.ラター、E.ショプラー編. 自閉症と発達障害研究の進歩、4、pp102-120) Wing,L(1996):The autistic spectrum. A guide for parents and professionals. (自閉症スペクトル、親と専門家のためのガイドブック、久保紘章、佐々木正美、清水康夫監 訳、東京書籍,1998) Wing, L. (2000) : Past and future of research on Asperger syndrome. IN. Klin. A , & Volkmer, F. R. , & Sparrow, S. S (Eds.), Asperger syndrome (pp. 418-432).