災害情報掲示板(宮城県)
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[9] 教えて 投稿者:3児の母 投稿日:2011/12/07(Wed) 09:04 [返信]

先日、被災した実家の石巻に3日間いく事が出来ました。仮設が整い、三人の子供を連れてやっとゆっくり両親と話が出来ました。自営をしていた両親は、もう一度仕事をしようと奮闘していますが、69歳と高齢の父、借金出来る額も少なく、家族での自営の為、支援金もありません。機械に詳しい人。4t底上げトラックを安く譲ってくれる方教えて下さい。


[7] 1986年台風10号の記憶 投稿者:リンデン 投稿日:2011/06/02(Thu) 16:57 [返信]

 僕は、小学生のころから気象に興味を持ち、空模様や風向きを見たりして、“明日の天気はどうなのかな?”ということを自分なりに予測してみることが好きです。
 
 家族に良く天気のことを聞かれるのですが、一度だけ見事にはずしてしまって、危険にさらして“しくじった!”と思って未だに悔やんでいる大雨災害があります。

 それは1986年の“台風10号”です。8月4・5日に、関東・東北地方を温帯低気圧に変わりながら通過し、各地に200mm以上の大雨を降らしました。確か宮城県内では、400mmを超えたところがあったと思います。

 4日の朝、僕と妹・母の3人で、仙台のおじいちゃん・おばあちゃんの家へ向けて車で出発しました。
 母は、だんだん雨脚が強くなってきたと感じ、出発をためらっていましたが、僕の“この台風はゆっくり進むし、中心から離れた北のほうへ移動するわけだから、大丈夫だよ!”
という判断に押し出されるように、車のアクセルを踏んだと思います。

 しかし、東北自動車道を、栃木→福島→宮城と進んでいくうちに、滝のような豪雨にみまわれ、道路は見る間に川のようになってしまいました。“エンジンに水が入ると、車が動かなくなるから”と、母は一度もパーキングエリアにはよらず、6時間ぶっ続けで車を走らせ続ける羽目になりました。一歩間違えば、スリップ事故につながりかねず、本当に気が休まらなかったと思います。

 やっとの思いで、無事祖父母宅へ着き、夕食を食べて、床に入ったのですが、その夜は屋根を打つ雨音と警報のサイレンが鳴り響いていて、何か良く寝付けませんでした。

 次の5日の朝には、雨が上がっていましたが、新聞を見ると、“記録的大雨"“堤防の決壊で鹿島台で住宅が流された”“建設中の地下鉄のトンネルが浸水した”などなど、水害の記事でいっぱいでした…
 雨量を測ろうと、おばあちゃんに借りて、車の屋根の上に置いた高さ20cmくらいのビールジョッキには、たっぷり雨水が入っていました。
************
 地震で、地盤沈下や堤防が痛んでいる2011年の夏・秋、"万一これと同じこれと同じ大雨が降ったら”、想像しただけでも身の毛がよだちます。

 ラジオなどで、荒天のときに、情報が入るように万全の対策を講ずるようにしてください!

 



 


[5] こないだ仙台へ行きました… 投稿者:リンデン 投稿日:2011/05/17(Tue) 16:36 [返信]

 先週の木曜日(5月12日)〜日曜日(5月15日)、2泊3日で、母のメンタル・クリニック受診のための帰省に合わせて、仙台へ行ってきました。
 震度6弱以上の揺れにさらされたとのことで、母方の祖父宅のある内陸部の住宅地も、ひどい被害を受けたのではと案じていましたが、多少かわらが落ちてしまったり、山と山の間のため池の周囲の道路で地すべりのため、歩道のタイルが数cmずれているほかは、家も健全に立っていて、奇跡的におじいちゃん・おばあちゃんの家も昔のまま残っていたのには、本当に安堵しました。
 13日は、市内をみて回りました。『青葉山に登れば、津波の被害状況が良くわかるかもしれない』と、登り口へ行ってみましたが、“青葉城の石垣が崩れたので、この先は通行止めです”と言う看板に阻まれて登れませんでした。
 駅前のロフトは、トイレの壁に真一文字にヒビが入っていましたが、中の店は通常の営業に戻っているようでした。最上階のオムレツ屋さんで昼食をとりましたが、店内はガラガラで、お昼時だというのにいた客は、僕と他には年配の女性の方が一人という、淋しい状況でした。
 昼食後、『津波被災地にできるだけ近づいてみよう』と想い、若林区の“農業園芸センター”へ向かうバスに乗り込みました。このルートの途中の建物も、1・2個“要注意”などの張り紙があったり、かわらが壊れてブルーシートが屋根へかけられたお宅が何軒かありましたが、宮城県沖地震のときひどかったブロック塀の倒壊被害もなく、ほとんどの家は無傷でたっていました…
 バスは、“仙台東部道路”手前のバス停で止まり、そこから先海岸までが、大津波という自然の猛威に蹂躙されたのだと、肌で感じました。 本当に道路一本の差で、天国と地獄、くっきりと明暗が分かれてしまったのでしょう。
 
 まず…当面は、津波被害に合われた人たちが、健全な街中のほうへ出かけていって、好きなものを買ったり*食べたり・カラオケを唄ったり、ボーリングやスポーツジムで体を動かしたりなどなど、辛い体験を一時忘れて『ほっ!』とできるようにすることに、何らかの支援が必要だな…と、帰りの地下鉄の中で考えました。 
 



[4] 被災地の障がい者支援の拠点を 投稿者:元被災地の相談員 投稿日:2011/04/09(Sat) 12:09 [返信]

現時点で障がい福祉関係の支援は施設への支援が中心で、病院、保健師、教員、施設、行政担当者、相談事業者など、
それぞれで安否確認を行っている段階ではないでしょうか。
身体障がい系の団体の支援センターや、舟形コロニーに情報が集約されていると聞きましたが、
地域の障がい者、児童の全体をローラーを掛けながら支援とつなげながら点や線で行われている集約していく
拠点型の県の障がい者支援センターが被災の大きな福祉圏域に必要だと思います。

県職員と市町村職員を中心として集めた民間の相談員を毎日現地に派遣できれば行政の代行権限で
避難所と自宅を繋いだりサービスやボランティアとつなぎやすくなります。
これを家族が今の時点で考えることは難しいです。

張りつめている家族は、車庫や車にいても「大丈夫」と言うと思いますが、
一か月以上張りつめるのは難しいです。家族へのメンタルサポートも必要になってきます。
発達障害支援センターも連携したうえでの拠点センターが早急にできることを期待しています。


[3] 宮城県の状況について 投稿者:宮城県自閉症協会 投稿日:2011/04/06(Wed) 10:36 [返信]

1.東日本大震災について

3月11日の東日本大地震から早くも3週間がすぎようとしております。
時間がたつにつれて、沿岸部の被害の実態が明らかになりその被害の大きさにはただただ驚愕するばかりです。
そのような状況下で自閉症ならびに発達障害のお子さんたちはどのように暮らしているのか。大変心配な状況です。
また、被害が比較的少なかった内陸部であっても、自閉症の子どもたちは地震で不安定になっている状態です。家族もいまだに店舗が通常営業している状態ではないため物資購入や、ガソリン給油に長い時間をかけて並ばなくてはならない状況であり、周りの支援にまで手が回らず何もできていないのが現状です。
 
2.宮城県の被害状況

@沿岸部(気仙沼市、石巻市、女川町、仙台市宮城野区など)
 沿岸部地域ではマスコミで報じられているようにいまだにライフラインの復旧が進んでいません。自宅も倒壊したり浸水した会員もおられます。作業所も壊れたところがあるようです。
このような状況の下、自閉症のお子さんとともに避難所に暮らしている方もおられるようです。
しかし、自閉症の子供たちが集団生活の場である避難所になじむのは簡単なことではありません。被災地のほとんどの自閉症のお子さんをお持ちの方は半壊の自宅や、自家用車内で暮らしておられると聞いています。
被害のひどかった沿岸部では物資の調達も難しい状態です。避難所には支援物資もあるようですが、個人まで物資がまわっているのかは定かではありません。自宅にいる方たちには同じ障害のお子さんをもつ保護者の方々が、物資の運搬を行って助けあっているそうです。
知人や親せきを頼り、そちらに身を寄せている方もいらっしゃるようで、いまだに連絡のとれない会員の方もおり、全体の被害の把握にはまだまだ時間がかかりそうです。

A内陸部(仙台市青葉区、泉区、太白区など)

被害の少なかったとされる仙台市内の方でも地震当日は子供を連れて避難所に避難された方もいます。
また、市内でも倒壊した住宅もあり、ライフラインの復旧状況は地域や各家庭によってかなりの違いがあるようです。
新学期を迎えるにあたり、仙台市内でも子供たちに地震の影響が出てきています。
小学校の建物が壊れてしまったところもあり、新学期からは子供たちが別々の学校に振り分けられて学ばざるをえないようです。
その児童の振り分けについても、兄弟であっても別々の学校に振り分けられるなど、必ずしも子供たちや保護者の希望や事情に対応したものとはなっていないようです。

3.支援学校や避難所の発達障害児童に対する対応

支援学校の先生方も各避難所を回ってくださっているようです。しかし、対象はあくまでも自校の卒業生や在校生であり、それ以外の児童までは支援が行き届いていないようです。
また、避難所では「老人も、精神障害の人達も同じところにいるから大変だ。」という声を聴きました。
おそらく、自閉症や発達障害の人達が精神障害とひとくくりにされているのではないかと思います。

4.これからの対策

 この度の震災では、阪神大震災や中越沖地震の体験が活用されている場面も多々あるかと思います。
しかし、自閉症や発達障害者の支援には、果たして今までの経験が活用されているのか疑問でなりません。
以下、今後の震災に対する対策として必要と思われることを書きだしました。
この度の震災には間に合わなかったとしても、今後に生かしていきたいと思います。

(必要と思う事)

○ 震災時に生じる困り、悩みを相談する窓口を設ける。
(平常時から周知している窓口であることが必要)
  一ヶ所で良いので、そこに連絡すれば時間を必要とするとしても必ず解決できるようにしておく必要がある。
○ 社会的弱者と言われる人のためのスペースを避難所内に用意しておくこと。
○ 支援スタッフの数が充実していること。
○ 子供の支援だけでなく、保護者の支援も行える体制作りをすすめること。
○ 避難所に発達障害児・者も使用できる防災グッツがあるとよいと思う

このような震災が起こった場合に、避難所でも対応ができる組織の形成が必要だと思いました。



[2] 安否確認(事務局) 投稿者:大久保 尚洋 投稿日:2011/03/14(Mon) 15:34 [返信]

宮城の渡邉副会長からのメールの再掲です。


宮城県自閉症協会 渡邉と申します。

多くの皆様にご心配をいただき、深く感謝申し上げます。
なかなか、ご連絡ができず申し訳ありませんでした。
家にやっと電気がきてメールの確認ができるようになりました。

通信の手段が出切るようになったところで詳しいところはまだ把握できておりません。

役員間でも、ライフラインの進捗状況の相違で連絡が取れない方もおります。


簡単ですが急ぎ連絡をさせていただきます。


              宮城県自閉症協会
               副会長 渡邉 久美子



[1] 仙台市内電気復旧 投稿者:大久保 尚洋 投稿日:2011/03/13(Sun) 02:58 [返信]

先ほど、千代さんから連絡があり昨夜20時頃、仙台市内の電気復旧したと仙台市内に住む会員から連絡があったとのこと。


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